『鋼鉄之少女(タイタン・ガール)』 平隊員Tさま


 全長約三メートル。 
 右腕部に装備されているのは、鉄鋼すらも容易く切り裂く超重量のブレード。任意操作により、ブレード表面に熱を流す事も可能になっている。 
 左腕部に装備されているのは、戦車装甲すらも粉砕する速射ガトリング砲。細長い銃口、一二○門が円状に並ぶ。 
 背部に内臓された小型ジェネレータにより、補給を受けずとも約四十八時間稼動し続ける。 
 脚部には小型ドライブモーターが約二百内蔵されており、瞬発的な加速力は時速一八○キロを記録する。 
 鋼鉄製の巨人、タイタンと呼ばれるその兵器。公には明かされていないその兵器を操るのは、超高性能のAIではなく訓練された軍人でもない。紫の長い髪が特徴的な、セーラー服姿の少女であった。 
 可憐、清楚、しかしどこか冷たい印象を受ける。華奢な腕と足。触れれば儚く砕けてしまいそうな四肢に、その兵器を扱える程の能力が備わるのはまさに神の悪戯という他無い。 
 彼女はタイタンのコクピット内で、一体何を見ているのだろうか。何が、見えるのだろうか。 
 それは彼女にしかわかり得ない事だろう。


 静まる工場地帯。わずかに聞こえるのは機械の駆動音のみ。規則的に並ぶ工場施設の影に、タイタンは身を潜めていた。単眼式サーチライト「モノアイ」が周囲を赤く照らしている。 
 コクピット内、全天式モニターに映し出される周囲の状況を目にしながら、少女はつまらなそうに息を吐いた。それから、手元のコンソールパネルを手早く叩く。まるでピアノの鍵盤を叩くように軽やかに。 
「こちらタイタン・リーダー。タイタン・ワン、状況を」 
 少女の言葉に三秒程の間を置いて通信が入る。コクピット内に響いたのはノイズ混じりの声。それは男、おそらく少年のものだ。 
『はいよ、こちらワン。別に異常ナシ。第一、テロリスト潜伏地なんて言ってっけど、こんな市街地の工場に拠点構えないっしょ? 誤報でないの?』 
 やる気の一切感じないその言葉に対し、少女はふうと疲れたように深い溜息を吐いた。 
「かも知れないわね。でも、それならそれで調べるのも私達の仕事よ」 
『りょーかい』 
 少年との通信を終えると、今度は先程と違ったリズムでパネルを叩く。それに合わせて全天モニターの一部の映像が切り替わる。それはおそらく地域マップ。工場地帯周辺のものだろう。赤い点滅が三つあるのみで、他に変わったところは見て取れない。 
 そのモニターを眺めながら、またもパネルを叩く。 
「こちらタイタン・リーダー。タイタン・ツウ、状況は」 
 数秒の間を置いてノイズ混じりの通信が入る。それと同時に離れた位置で爆発音が響いた。わずかに機体を揺らす程、その衝撃波は凄まじい。 
『リーダー、聞こえるな! 爆発位置はツウの作戦領域だ! これから急行するからそっちも頼むぞ!』 
「相手はレーダーに映らない特殊装甲よ。伏兵がいるはずだから、気をつけて」 
『はいよ!』 
 通信を切ると同時に右足のフットペダルを強く踏み込む。それに合わせて機体は大きく揺れ始め、一機に最高速まで達する。モニターに映る景色が高速度で流れる中、正面に捉える工場やクレーンなどを巧みなレバー操作で回避していく。 
 不意、コクピット内が赤く輝く。正面のモニターには『熱源、急速接近』のアナウンスが絶えず流れている。少女はとっさに左のフットペダルでブレーキを掛けると、全モニターを鋭く見詰める。右モニターからの飛行物体を発見すると機体をそちらに向け、左のガトリングを射撃可能状態にする。左のレバーを握る手に力が加わる。 
 急接近して来たのはミサイル弾。左レバーの上部に設置された赤いボタンを強く押し込むと、ガトリングの速射が開始された。速射の勢いに押され、機体が少しずつだか後方へと押されていく。 
 時間にしてわずか三秒程。ガトリングの速射を受け続けたミサイル弾は、熱風を起こして豪快に爆発した。 
 追撃を考え、少女は機体をミサイル弾の発射された方へ加速させる。その読み通り、銃弾の嵐が機体を襲う。それを回避するつもりはないのか、機体は銃弾の直撃を受けながらも直進していく。何百発、何千発の銃弾の嵐を真正面から受けているが、しかし機体には欠損がない。それどころか装甲に傷一つ付かない。 
「豆鉄砲でタイタンを落とそうってつもり。大した自身ね」 
 余裕。それ以外の言葉が見付からない、その笑み。 
 口端をわずかに持ち上げ下唇を軽く舐める。高揚が抑えられないのか、握るレバーに力がこもる。 
 加速からわずか数秒、タイタンとは別機体を正面モニターが捉えた。同時に左のガトリングを速射させてそのまま突進。至近距離まで接近すると、右のブレードを大きく振り被り、一息に叩き斬った。相手の機体は鉄鋼製。柔ではない。しかし、タイタンのブレードに掛かれば、鉄鋼装甲などは紙に等しい。 
 右半身を大破された機体はバランスを崩しそのまま転倒、直後爆発を起こした。その爆発の中心部にあっても、タイタンの装甲は欠損する事はない。 
『こちらワン。リーダー、救援頼む! 出来るだけ早くな!』 
 通信に答える事なく機体を起動させ、目的のポイントへと急加速させた。直後、再び通信が入る。 
『こちらタイタン・ツウ。現在ワンと共に迎撃中です。戦闘区域限定策敵範囲内での敵機の数は二十、三、いえ、四。増援も止まりません。敵機の数から見て、ここがテロリストグループのアジトである事はほぼ間違いなさそうです』 
 先程までの少年の声とは違う少女のその通信に、モニターに輝く点滅を睨む。通信時二十四と報告があったが、そこにはそのおよそ倍が映されている。戦闘区域に到達していない後続部隊なのだろう。その状況に小さく舌を打った。 
「和斗(かずと)、有紀(ゆうき)。一度後退してこちらと合流。情報整理、状況確認の後、作戦を再度決行するわ」 
『りょーかい!』 
『逃げ切れるか、ちょっと不安ですね』 
 通信の合間、進行を食い止めようと立ちはだかったテロリスト側の敵機二機を、ブレードが差し貫く。引き抜くと同時に敵機を蹴り付け、その反動を利用して距離を取ると反転、二人との合流ポイントへと急行した。

 合流ポイントへ到着後遅れて二分、二機のタイタンがそこへ姿を見せた。両機共に機体損傷は見られず戦闘続行可能なものの、状況は優勢化していない。 
 コクピットを開放し紫の髪をなびかせて地面に着地すると、彼女に続いて白髪の少年と短髪の少女が機体から降りた。三人共幼い顔立ちである。中学後期、高校初期程度の年齢だろうか。 
「さて、無事に合流出来たのはいいんだけど、これからどうするよ」 
 頭の後ろで両手を組むとあくび混じりに少年、和斗はそう話し始めた。 
「本部に連絡しましたけど、応援は期待出来そうにありませんね。いつもの事ですけど」 
 有紀はペンダントを手に取りながら、苦笑しつつそう話す。 
「三人に分かれて敵機を分散。各々のルートでアジトに乗り込む、のが一番簡単な方法だけど」 
「んじゃ、それで決まりね。オレは右に行く」 
 和斗はそう言うとタイタンへと乗り込んだ。その勝手な態度に、二人は溜息を吐いた。 
「じゃあ私は左を。美咲(みさき)さんは中央をお願いします」 
 美咲と有紀は拳を軽く打ち合わせると、タイタンへと乗り込んだ。 
 コクピット内部の電気系統を適当にチェックすると、パネルを叩く。左右のモニターに和斗と有紀のコクピット内部が映し出された。 
「八時間後の授業開始に間に合うように各自奮闘されたし。作戦開始」 
『んじゃ、やってやりますか』 
『がんばります』 
 機体は急加速を始める。敵機の群れへと向かって。


 八時間後――。 
 授業中、机に突っ伏して居眠りする美咲の姿があったという。

終 


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