HUNTER'S上 平隊員Tさま


 ※ 残酷描写を含みます。


 そこは薄暗い洞窟――。
 壁面、天井部には落盤を防ぐためだろうか鉄骨が組まれている。しかし、どれもこれも随分と以前に補強工事されたものなのか、赤錆が浮き上がりその強度に疑問を感じさせる。
 天井に組まれた鉄骨には等間隔で旧型の照明装置がぶら下がり、点灯と消灯を繰り返している。洞窟を行き交う作業員がいなくなった今も尚、照明装置は寿命を終えるまで働き続けるのだろう。
 人気の去ったそこで聞こえるものと言えば、時折入り口側から吹く風音と洞窟内に住み着いたネズミの鳴く声のみ。嵐の後であれば染み出た水が天井からぽたりぽたりと落ちる音も響くが、どれもこれも陰湿さを感じさせるものだ。
 そんな中、コツコツと足音が一定のリズムを響かせた。しばらくぶりの客人に、心なしか照明装置の明かりも強く光ったように感じられた。
 作業を再開した関係者――ではない。服装は作業員の着るような面白みのないものではなく、胸元の大きく開いたトップスにロングコート。極め付けは脚線美を見せ付けるようなミニスカート。ミニの下にはスパッツを穿いている。とても洞窟の掘削作業を行う姿ではない。服装もそうだが、腰の裏には剣を納めた鞘をやや斜めに傾けて下げている。
 そんな物をぶら下げている人物ならばさぞ強面だろうと予想されるが、それは大きく違う。切り揃えた短い金の髪の美しさには神々しさを見る。碧色の瞳は光を得ずとも眩(まぶゆ)さを感じる。
 一言で言えば、美しい。
 その美しい顔立ち、眉根に皺を寄せると小さくため息を吐いた。それからブーツの爪先で足下に転がる小石を蹴り飛ばす。
 右耳に掛かる髪を軽く払うと、そこに付けられた小型の機械を人差し指で二度小突く。同時、ザッザッと耳障りな機械音が小さく響いた。
『はいはーい。ミハ、どう? なにかあった?』
 ミハと呼ばれた彼女――ミハエルは通信機から聞こえた少女の声に、見えないとわかっていながらも首を大きく振り、そして深くため息を吐いた。そのため息に機械の向こう側では「そっか」と落胆の声が聞こえた。
「入り口から、えーと……そうね、ニ十メートルくらい先の辺りにいるけど、掘削作業の後がバッチリ残ってるわ。壁も天井もしっかり鉄骨で補強されてるし、照明装置も万全! ……こんなところにイアーラの心臓があるとは到底思えないわねえ。金目の物なんかは持ち出されてるだろうし」
 ミハエルは少し背伸びをすると天井にぶら下がる照明装置を指先で突いた。それに驚いたように、照明装置の明かりは点灯と消灯のリズムをわずかに早めた。
『……うーん。でも、今は作業してないんだよねえ。それってさ、なにかが出て来たから作業を中断したわけ、でしょ? イアーラの心臓みたくすんごいお宝じゃなかったとしても、遺跡や遺産が見付かったんならロードル出版が黙ってないよね。記事の見出しにどでかく載るはずだし』
「照明装置の設置や鉄骨補強まで万全にしたのに、なんの発見もなくさっさと作業を中断しちゃうのは妙だって事?」
『その通り。ミハ、賢い!』
「はははー。それほどでもあるけどね」
 明るい口調でそう言いながらもミハエルは洞窟内部を奥へ奥へと進んで行く。当然だが、深度が増せば増すほどに周囲の暗さもより増していく。足取りは緩やかになり、慎重さが増す。
『測定器の起動、忘れないでね。黄色超えたら撤退だよ』
「了解」
 声に従って左手首に巻いた小型機のスイッチを押す。ディスプレイには青いメーターが表示された。青はまだ安全である事を表し、それが黄、赤へ向かうにつれて危険である事を知らせる。
 マナ測定器と呼ばれるそれは、空気中に漂うマナ、魔力の量を計測するための装置である。マナは世界を覆うように自然に存在する粒子で、基本的に無害だ。しかし、それも濃度を増せば話は別。一定値以上を超えると身体に悪影響を及ぼし、過度に吸引した場合最悪肉体が消滅してしまう。地上よりも地下の方がマナの量は多く、当然洞窟などのマナ量は地上よりも遥かに高い。
 そんな危険と隣合わせながらもミハエルは探索の足を休めず、更に洞窟を進んだ。
 足下に注意しながら進んだその先でミハエルは一旦足を止めると、音を立てないようにゆっくりと岩肌に背を当てる。
 奥から聞こえる人の声、足音。
 ミハエルはふうと息を吐くと腰の鞘から剣を抜き、それを構えてゆっくりと通路の先へと足を進める。
 通路の先は空間が広がっていた。見上げるほどの高い天井、そして人工的に作られたような綺麗なドーム状の壁面。単なる掘削作業ならばわざわざドーム状に広大なスペースを作る必要などない。無駄な労力を掛けるくらいなら先を掘るだろう。
 ヒカリゴケで明るく照らされるその広大な空間の隅に、先ほど聞こえた声と足音の主であろう二つの人影が見えた。
「仕掛けのようなものは見当たりませんね」
「見当たらないかどうかなんて聞いてないの。私は、見付けなさい、と言ったのよ?」
「は、はい……」
 先客を目にした瞬間ミハエルはため息を吐きながら額を押さえた。そのため息に気付き、先客である女性と男性は顔を向けた。
 女性はミハエルに負けず劣らずの美しい容姿。そして、ミハエルに負けず劣らずのこの場に似つかわしくない格好をしている。ウールコートにウインレッドのドレス。足下は装飾が美しい編み上げの赤いブーツ。まるでパーティにでも出掛けるような服装だ。
 男性は彼女と違い、上下は森林迷彩柄の服。更に防刃ベストを着込んだ戦闘用の服装をしている。
「あーら、あらあら。どこの誰かと思えば、おチビさんのところのお使い人じゃないの」
 彼女の言動にミハエルの片眉がぴくりと跳ねる。
「そういうあなたはいつも通り妙な格好してるわね。道にでも迷ったのかしら。仮装パーティの時期には早いんじゃない?」
 ミハエルの反撃に今度は女性の眉根に皺が寄る。それでも平静を装っているつもりなのか、口元は笑みを作っている。ただ、目は笑っていないため無理をしている事は誰からもわかる。
「ま、まあまあ、レイア様。そんな事よりここは帰還しましょう。どうやらなにもないようですし」
「なにもないかどうかなんて聞いてません! 見付けろと言ったのよ! さっさとしなさい、このグズ!」
「うっ……わ、わかりましたよー、もうー……」
 レイアと呼ばれた女性に強く言われると、戦闘服の男性は肩を落としながら壁面の調査に戻った。その姿に哀れみを感じたのか、ミハエルは眉をハの字に下げた。
「レイア。もう少しリゲルに優しくしてあげたら? あなたのワガママに付き合ってくれる人なんて彼くらいのものよ?」
「だーまらっしゃい! あれは私の部下、言ってみれば所有物。私の物をどう扱おうが、それは私の自由です!」
 レイアの言葉が耳に届いたのか、ドーム内にはリゲルのすすり泣く声がわずかに反響する。
「リゲル! 泣くのはおよしなさい! みっともない」
 語気を強めながらそう言い放つと、ウールコートの内側から短剣を二本ゆっくりとした動作で取り出した。それを左右に構える。
 顔付きを変えたレイアに、ミハエルは表情を硬くさせて手にした剣を構え直す。
「こうして張り合うのはいつからだったかしらね、ミハエル」
「A級ハンターライセンスの取得試験以来じゃないかしら」
 二人は同時に地を蹴ると互いの武器を振るう。ミハエルの剣は振るう瞬間に赤く発光し、軌跡に炎のような陽炎が浮かび上がる。レイアの短剣は彼女のものとは逆に、軌跡に青い光の尾を走らせた。
 ミハエルの重い一撃に対し、レイアは二刀の刃を重ねる事で危うく防ぐ。攻撃後の隙を逃さずレイアはミハエルの腹部を蹴り込むと、片方の短剣で炎のような陽炎をおびた剣を力任せに弾き、もう片方を彼女に向ける。軌道は頭部。ミハエルはそれに対して上体を大きく後ろへと逸らした。刃の先がわずかに頬を撫でたが、直撃を見事に回避してみせた。
 ミハエルは後ろに倒れ込むと同時に横転して距離を離すと、素早く立ち上がった。剣を構えながら、頬の切り傷から流れる血を軽く手の甲で拭う。
 睨み合う二人の間にリゲルが慌てた様子で割って入った。
「ちょ、ちょっと待った! 二人とも落ち着いてくださいよ!」
 リゲルの乱入で一気に冷めたのかミハエルは剣を鞘に納めた。その姿にレイアは軽く舌を打つと、同じくコートの内側に短剣を戻した。
『あー、あー、聞こえますか。聞こえますか』
「どうぞ」
 ミハエルはレイアを睨みながらも、聞こえた通信に応答する。その声には明るさはなく、どこか尖った印象を受ける。その声質で事態を理解したのか、通信機からは深いため息がもれた。
『あー、もう、やっぱりね。西側の飛空艇離着場(フライヤーベース)にマオ社製の真っ赤な「ティターニア」があったからもしかしてと思ったけど。あれほどレイアさんとケンカしちゃダメって言ってるのに……』
 ミハエルは今だ硬い表情のレイアにふっと笑みを向ける。それが理解出来ず、レイアは怪訝(けげん)な表情を見せた。
「ケンカ、ねえ。そうよね。こんなでも一応先輩だし」
「ちょーっと、一応ってなに。立派な先輩よ」
 苛立つレイアを落ち着かせるようにリゲルは両手を前に出して「まあまあ」となだめるが、それが余計に癪だったのかレイアはリゲルの頭に手刀を落とし、それだけでは物足りなかったのか更に蹴飛ばした。
「おチビさん、聞こえてるんでしょ? この子を連れて早くお家にお帰りなさい」
『はーい、そうしまーす。ついでに言うと、レイアさん達も逃げた方がいいですよー? さっきマナ・サーチしてみたら、その辺りの地下に――』
 突然、洞窟内が大きく揺れ出した。それは地震ではない。その証拠に、揺れは規則的に発生している。そして、少しずつだが確実に三人の下へと近付いている。
 一層激しく揺れたかと思うとドーム状の壁面が一瞬のうちに消滅し、その奥から巨大な影が姿を現した。赤く怪しく輝く六つの光、巨木を思わせる脚、体皮は爬虫類のようなぬめりを感じさせる気味の悪い光沢を放っている。
 その口からもれる腐臭に、三人は顔を歪めた。
「こいつ――ドラゴン?!」

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