続ハシ崩。FF 平隊員Tさま

 

それはいつもと変わらない日曜の朝。目覚ましのアラームを切り忘れたため、学校も休みだというのに七時半に起きてしまった朝。  予定もないから二度寝、と布団に潜り込もうとした矢先、来客のチャイムが部屋にまで届いた。こんな朝早くから誰が一体なんの用で、とは思ったものの、どちらにせよ自分には関係ないだろうと、目を閉じかけた時だった。 
「笠馬ー、お客さんだよー」 
 リビングからの姉の声に、二度寝体勢に入っていた頭を無理矢理に切り替え、仕方なく体を起こした。 
 枕元のアナログの目覚まし時計を手にし、時間を見る。時刻は七時半を少し過ぎたところだ。こんな早朝に客? と不思議に思いながらも、待たせるのも悪いため寝間着代わりのジャージ姿のまま部屋を出た。 
 リビングで朝食を取る姉と父。二人は日曜だというのに仕事だそうだ。ご苦労なことで。 
 そんな二人に朝の挨拶をしつつ玄関先に向かう。そこにいたのは――。 
「おっす」 
 元気な笑顔が眩しい加藤だった。ウインクするやつ、はじめてみた。 
 家が近所で登校時はよく見掛けるが、制服以外の服装を見るのは随分と久しぶりな気がする。制服はもちろんスカートなわけだが、こうして私服でのスカート姿を見ると、その服装がやけに新鮮に見える。 
 加藤、スカートなんて持ってたんだなあ、とは絶対口に出せないが。 
「おはよう」 
「うむ。おはよう。寝起き?」 
 わかっててそう聞いているのか。まあ、それはどちらでもいい。 
「今日、なんか約束してたか」 
「いんや。ちょっと早く起きちゃったし、なんか着替えちゃったし、出掛けてみようかなあ、とか」 
 なにを言ってるのかわからない。日本語か? 
 なんか着替えちゃったって、どういった状況だ。 
「それで、出掛けてみたついでに俺んちに来て、お前の思い付きに巻き込もうってことか」 
「いえーす! さすが幼なじみ、よくわかってらっしゃる」 
 こういった思い付きに巻き込まれるのは慣れている。少し前の話になるが、文化祭の実行委員に巻き込まれたこともある。とはいえ、あれはあれでそこそこ面白い経験にはなった。 
「時間も時間だからね、お店はどこも開いてないかもだけど。まあぶらぶらと、散歩?」 
「老後か」 
「いいっしょ、別に」 
 あのまま二度寝で時間を潰すよりも、多少は意義のある時間の使い方になるだろうし、なにより、わざわざ誘いに来た相手を追い払うのも気が引け、加藤の話に巻き込まれることにする。 
「ちょっと着替えてくるから、リビングで待っててくれるか」 
「はーい。おじゃましまーす」 
 勝手知ったる我が家と言った感じで、家に上がるなり加藤は姉と父の使っていた食器を流しに運び、なぜか洗い始めていた。その加藤の取った行動に対し、誰一人意外に思うこともなく「ありがとうね」とか「いやあ、悪いね」とか、まるでいつものことのようだ。 
 俺が知らないだけで、たまにこうして洗い物しに来たりしてたのか? 
 台所側からは、「おばさまは朝は食べないんですか?」「やだもう、おばさまだなんて照れるじゃない。今から食べるつもりだけど、折角だし、礼奈ちゃんも一緒に食べる?」とか、奇妙な会話が聞こえてくる。 
 あいつは朝食をたかりに来たのか? 
 手早く着替えを済ませてリビングに向かうと、そこには本当に朝食を食べる加藤がいたわけだが、今更そんなことに驚かない。それにしても、出掛けるつもりだったのに朝食を食べてこなかったのか。 
「笠馬。折角だし、あなたも一緒に食べなさいよ」 
 母にそういう言われ、加藤を見る。 
 出掛けに誘った相手が朝食を食べている状況で、その誘いを断れるはずもなく、仕方なくいつも座る席に腰掛けた。図らずも加藤の隣の席というのは……あまり考えるまい。 
 他の席が空いているにも関わらず、自分の隣に俺が座ったのが気になったのか、加藤はなぜかにやにやしていた。 
「なになに、私の隣に座りたかったの? いつの間にそんなかわいい人になっちゃったの?」 
「ここはいつも座る場所なだけだ」 
「へえー、そうなのー? それなら仕方ないよねえ?」 
 気になる言い方だが、いちいち反応していたらおもちゃにされるだけだ。昔からそういうやつだ。 

 妙な感じの朝食を終え、ようやく出掛けることにしたのはたっぷり一時間後の八時半過ぎだった。一時間が過ぎたとは言ってもこの時間ではまだどこも開いていないだろう。当初の予定通り、ぶらぶら散歩、ということになる。 
 礼奈ちゃんに手出すんじゃないわよ、と母に見送られながら出掛けることに。 気に入らなければ、男相手だろうと不良相手だろうと平気で噛み付く加藤に、手を出そうと思ったことは一度もない。子供の頃からの付き合いのせいか、妹のようにしか見えてないのも理由にある。最近では姉のようだが。 
「さあて、どうしようか。ぶらぶらとは言っても、目的もなく散歩するのって逆に疲れるし」 
 誘っておいてこれか。 
 今更のことだ、わがままとは言うまい。 
「商店街の方に行ってみるか?」 
「だね」 
 商店街への道には桜並木がある。この辺りでは有名な場所で、春になるとその桜を眺めるために路肩に停車する車もしばしば見られたりする。 
 当然今の時期は咲いていない。立派な枝ぶりも心なしか寂しく見える。 
 そこを歩いていると、ふと、加藤が足を止めた。なにかを見付けたのか、じーっと一点を見詰めている。 
「どうした?」 
「んー? ……中学の二年くらいからお互い話す事もなくなってさ、その流れで顔も合わす事なくなって、そのまま高校に上がって、んで、高一、入学式の朝。覚えてる?」 
 そう話す間も、加藤はある場所を見詰めていた。その先にあるのは、吹く風に揺れる細くしなやかな桜の枝。他と違ったところもない、普通の桜の枝だ。 
「……うーん……。なにかあったか」 
 俺の答えに加藤は少し残念そうに苦笑した。 
「確かこの辺りだったと思うんだけどなあ。桜見てて、それで前方不注意。なにかにぶつかった勢いで転んじゃって――」 
「ああ、あれか」 
「お! 思い出した?」 
 場所までは覚えてないが、高校入学式の朝、俺はこの道を歩いていた。その時、不意に後ろからなにかに押されると、それと同時に小さな悲鳴が聞こえた。振り返ってみると、そこに倒れていたのは随分と疎遠になっていた加藤だった。 
 まさに、衝撃的な再開、というやつだ。 
「あの時は、最初誰だかわからなかったな。髪、長くて。加藤、中学時代はショートだったろ。近所にこんな子いたんだな、って」 
「そうだっけ? 私はすぐわかったよ。全然変わってなくさ、そっちにびっくりしたよ。うわ、こいつ中学の頃のまんまじゃん! みたいな?」 
 中学の頃のまんま変わってない、か。 
 人をからかってくすくす笑う加藤の幸せそうな顔も、あの頃からまるで変わっていない。 
 ひとしきり笑うと加藤は一歩前に飛び出し、後ろに括った髪を揺らしながらくるりとこちらに向いた。 
「あの時の江藤、面白かったなあー。『お嬢さん、大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか?』なんて言っちゃってさ。どこの紳士だっつうの」 
「お嬢さんなんて言った記憶はないな」 
 そんな話をしながら、桜の咲いていない桜並木を歩く。目的もなく二人で歩き、他愛もない話題でこうして笑い合えるのも、いつまでの事だろうか。 
 そう思うと、少し寂しく感じる。 
「どったの? さっきから黙っちゃって」 
 のんきな顔に覗き込まれ、それに苦笑で返す。 
「いや、なんでもない。それより、そろそろ商店街に着くな」 
「そうだね。この時間になれば、喫茶店くらいは開いてるよね?」 
 腕時計を見れば、時刻はすでに八時五十分を回っていた。田舎は朝が早い。この時間にもなれば、商店街の全店が店を開けているだろう。 
 それにしても、さっき朝食済ませたのに、これから喫茶店に行くのか。なにか食べると決まっているわけでもないが、こいつのことだ、確実になにか食べるだろうな。甘い物は別腹、とか言いながら。 
「あそこの喫茶店、今の時期だけ『ジャイアント・チョコレートパフェ アイス三段盛り盛り』出してるんだよね。底冷えするこの時期に、三段アイス乗っけたパフェだよ? 変わってるよねえ」 
「……食べるんだろ、これから」 
「当然! 甘い物は別腹!」 
 そう言って明るく笑う加藤は、幼い頃のまま、何一つ変わっていない。 
 その姿に、なぜだろう、安心したんだ。 

 終

 


  ←back

Copyright(C)2008-2010 麻葉紗綾 All rights reserved.

inserted by FC2 system