ハシ崩。FF 平隊員Tさま


 
文化祭――。 

 文化祭というものの本来の意味はともかくとして、現代の文化祭は喫茶店、おばけ屋敷、演劇などなどを多くの人に楽しんでいただく行事である。 
 その日が近付くにつれ、多くの生徒は多少なりそわそわするものだ。かくいう私も、その一人である。 
 文化祭実行委員。 
 抜擢されてからの数ヶ月、授業には身が入らず、部活動中でも頭の中は文化祭の出し物の事で一杯だった。それは遠足を楽しみにする小学生のように。 

 文化祭までわずか三週間となった放課後、私は出し物が決まらない事に焦りながら、どうするかああするかと考えながら廊下を行ったり来たりしていた。 
 帰ってもよかったが、家に居てもどうせ考える事は今と変わらない。それなら学校での事は学校内で悩むだけ悩み、家には持ち帰りたくない。というわけで、帰宅する生徒が向けるやや冷たい目線を気にもせず、あっちにうろうろこっちにうろうろしている。 
 帰り際に「うろうろしてると通報するぞ」とか言ってくれた藍生には、とりあえずヒザ蹴りをお見舞いしてやった。 
「加藤」 
 呼ばれて振り向くと、クラスメイトの江藤が小さく手を振りながらこちらに近付いていた。 
 江藤は実行委員補佐。本来そんな役職はないけど、私の独断で任命した。会議中、「そりゃあ横暴だろう」とか言ってくれた藍生には、とりあえずグーパンチしてやったけど、あれはいつの事だったか。 
「江藤、あんた部活は?」 
「昨日から運動系は休みだ。バレー部だって休みだったろ?」 
 ああ、そうか。と思い出す。 
 部活動中でも文化祭の事ばかりを考えていたため、部活が休みになった事も忘れていた。 
「んで、わざわざ呼び止めた理由は?」 
「文化祭がらみ」 
 江藤は江藤なりに、文化祭の事を考えていたらしい。普段から感情を表に出さないため、なにを考えてるのか掴めないけど、どちらかと言えば物事に対して真面目な男だ。 
 ここで話し合うのもなんだから、という江藤の提案で図書室に向かう事にした。 
 向かう途中、江藤は足を止めると腕を組み、窓の外を眺めた。 
「加藤」 
「ん?」 
「江藤と加藤って、名字似てるよな」 
 だからなんだ、と。 
 その後無言のまま図書室に到着。生まれて十八年、はじめて心地悪い沈黙状態を味わった。 
 立てつけの悪い図書室の戸を引き、室内へ。受験勉強中の生徒がちらほら見えるだけで、気味が悪いくらいに静かだ。そんな中で文化祭の話し合いというのは、正直場違いな気もする。 
 空いている席に座ると、江藤がブレザーのポケットから一冊のメモ帳を取り出した。 
「なに?」 
「ああ、これ。文化祭の案、こっちに一応メモってあるんだ。いつでも対応出来るように」 
 頼れる補佐である。 
 江藤にメモ帳を借り、適当にページをめくる。書かれてある文章には無駄がなく、スペースの使い方も上手で読みやすい。江藤は教師、塾講師向きだ。 
 めくるうちに見付けた「文化祭」のページで止め、少し目を走らせる。書かれた案を睨む。 
 喫茶店。おばけ屋敷。ドリンクバー。クレープ屋。たこやき。たいやき。目玉焼き。もんじゃ焼き。大阪焼き。鉄板焼き……焼き関係多すぎだろ、と心の中でツッコむ。 
 目玉焼きって……。 
「どれも悪くはない案だと思うけど、残念ながらほとんどは他クラスが取ってる。その中で唯一残ってる案は、確かもんじゃ」 
 目玉焼きどっかのクラスが採用したの!? と、ちょっと驚いた。 
「なにかオリジナリティ溢れる出し物じゃないと、他と被るってわけね」 
「今からだと余計に。でも時間は無い。あまり奇抜な案でも手が出せないな」 
 私と江藤は、図書室の片隅で小さく唸っていた。 
 そんな時――。 
「あれ、こんなところで珍しい」 
 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにいたのは女子並に背が低く、女子以上に綺麗な、可愛げのある顔をした極だった。以前、「極の方が女らしい」とか言ってくれた藍生には、とりあえずボディーブローを叩き込んだ記憶がある。 
 極庄之助。昨年転校してきた男子だ。悔しいけど藍生の言う通り、そこらの女子よりも女らしい。 
「ちょっとね、文化祭の出し物を検討中」 
 極は私の向かい、江藤の隣に腰掛けると、「ちょっと見せて」とメモ帳を覗き込んで来た。 
「……ふーん。どれもどこかで見た案だよね。仕方ないけど」 
「なにかない? 面白い案」 
「僕、別のクラスなんだけど」 
 ちなみに彼のクラスでは写真展示会をやるそうだ。藍生から写真を学び、その際に撮り溜めた写真を展示するらしい。 
 以前一度だけ写真を見せてもらった事があるけど、なぜかどれも満月。確かに綺麗に撮れてはいたけど、面白みは薄かった。「面白みを感じないのは、お前の心が汚れてるからだ」とか言ってくれた藍生には、とりあえずジャイアントスイグ。未遂に終わったのが非常に残念だ。 
「写真展示会なら暇だよね。うち、手伝ってよ」 
「僕、実行委員」 
「冗談はいいから、早くなにか絞らないと」 
 わかってはいるけど、今まで何度も会議した結果が今なわけで、簡単に案が飛び出すはずもない。まして他のクラスにないオリジナリティ溢れる、しかも時間を掛けずに済む案なんてぽろっと出ようもない。 
 生みの苦しみ。 
 難産。 
 複式呼吸。 
 ……煮詰まった。 
「藍生くんは? なにか言ってた?」 
 藍生。なにも言ってなかったな。それ以前に、会議中は常に寝てた。 
 なにかあいつに痛い目を、そんな事を思った瞬間ある提案が浮かび、思わず口元がにやけた。 
「女装メイド喫茶!」 
 大声で立ち上がったのはいいけど、そこは図書室。受験勉強中のみなみなさまが数式や英単語、古文などに向き合っている最中の、とても静かな図書室だ。 
 女装メイド喫茶という言葉が反響し、続いてそこかしこからくすくすという笑い声が聞こえたけど、たぶん気のせい。 
 何事もなかったように席に座る。 
「女装メイド喫茶」 
 今度は小声で二人に告げた。 
「ああ。聞こえてた」 
「反響してたね」 
 咳払いで適当にごまかすと、その案を具体的にどう形にするか考える事にした。賛否なんて取っていられない。もうこれで行く。 
「まず、藍生は女装ね」 
「決定なのか?」 
「もちのろん」 
 藍生が女装。想像すると笑える。極も同じ事を考えているのか、くすくす小さく笑っていた。 
「……うーん。ついでに極も女装ね」 
「……うん?」 
「――え?」 
 私の意見に、江藤は首を傾げ、極は呆けた顔を向けて来た。伝わりきらなかったのようなので、もう一度はっきり伝える。 
「だから、極くんも女装ね。それから、吾妻も」 
「どっちも別クラスだろ」 
「そ、そうだよ」 
 別クラス。確かに普通は別クラスの人間を使わない。しかし、そこはいわゆるオリジナリティ。多少強引でも面白みを出すためには仕方がないのだ。 
 それ以上に、極と吾妻は女装メイドがとても似合いそうだし、個人的にすごく見てみたい。 
「大丈夫だって。当日は江藤をそっちの労働力に回すからさ。あとそれから、高峰と原田も。あの二人は女装似合わないだろうから」 
「……お前は……」 

 文化祭当日――。 
 逃げ出そうとする男子陣を捕縛し、ひん剥いて女装させ、接客の極意を喫茶店アルバイト歴のある私自らが指導した。「お前が喫茶店? 似合わねえ」とか言ってくれた藍生には、とりあえずスカートめくり。 
 ちなみに、フリルの付いた可愛らしいドレス姿。予想通り、藍生のドレス姿は超絶にウケた。ケータイで写メって、知り合い中にバラ巻いてやった。「お前は悪魔か!」とか言っていたが、気にしない。 
 知り合いと言っても学校の友達ばかり。なので、藍生が女装する事はみんな知っている。遅かれ早かれ、という事だ。 
「あ、あのー……」 
 指導後、準備万端となったところで極と吾妻がクラスに顔を出した。二人には事前に服を渡していたので、着替えてから来てもらったわけだけど――。 
「極くん、かわいいー!」 
「ナツも似合ってる!」 
 女子陣から思わずそんな言葉が出る程、確かに二人の女装は様になっていた。というか、本当に男なのか怪しいくらいに。 
 極は白を基調にした明るいフリルドレス。頭には貴婦人が被るような、羽毛だらけで無駄に大きい帽子を選んでおいた。 
 吾妻は黒を基調にしたゴシックドレス。頭には大人しめに髪飾り。 
 我ながら、どちらもなかなかのベストセレクトだと思う。メイドというよりもフランス人形的で、それ以上にウェイトレスに向く服装かどうか怪しいが、そんな事は二も三も次の話である。だって、すごく良く似合ってるから。 
 それにしても、吾妻が嫌味を言わずに女装してくるとは、ちょっと意外だった。案外女装願望でもあったのか。 
「い、一応来ましたけど」 
「……帰っていいか」 
 二人を引っ張って部屋に入れると、適当に接客を指導した。とはいえ、こんな格好ではまともな接客は無理。言ってしまえばマスコットだ。 
「お前らも、不運だな」 
「……」 
 似合わないドレス姿の藍生が二人にそう話しかけるも、どちらも無言のまま。文化祭がはじまってもいないのに、なぜか疲労の色が見えなくもないけど、たぶん気のせい。 
『ただいまから、文化祭を開始致します。学校外からもお客さまを招き入れますので、本校の恥にならないよう節度ある行動をお願い致します。それでは三日間、がんばっていきましょう』 
 アナウンスと同時に文化祭が開始された。「俺らってすでに本校の恥じゃねえか?」とか言ってくれる藍生には、とりあえず写メ、そしてメール送信。ようこちゃんに送り付けた。 

 文化祭開始から数時間、午後一時頃の事だった。 
「よお」 
 女装メイド喫茶に訪れたのは、少しばかりおめかしした小笠原先生だった。藍生の現彼女だ。 
 以前はここの教師だったが、転任して今は女子高で頑張っている。 
「ようこちゃん、久しぶり。藍生、見に来た?」 
 ようこちゃんはにやけたまま何度も頷いた。なんとも悪い笑顔だ。しかもよく似合う。 
 藍生にはようこちゃんが来た事は知らせずクラスに入れ、適当な席に座らせる。そして、藍生に彼女のオーダー取りに向かわせた。 
 藍生がようこちゃんの隣に立った時、ようやくそこに座るのが誰なのか気付いたらしく、悲鳴に近い驚きの声が教室中に響いた。 
 やってやった。 
「な、なに来てんだよ!」 
「うわー……。想像以上にひどいな、その格好。強烈だわ。夢に出そう」 
「う、うるせー!」 
 ケーキの出前に行っていた極が戻るなり、藍生の悲鳴に何事かと駆け寄っていた。ついでに吾妻もそこに加わる。悲鳴の原因がようこちゃんだと知らずに。 
 遠巻きにこうして見ていると、楽しくて仕方ない。 
「なにかあった――って、小笠原先生!」 
「よ、ようこ、さん!?」 
 極の驚きようも吾妻の慌てようも、実に珍しい。普段冷静で取り乱す事がほとんどない二人のため、かなり貴重なワンシーンだ。 
「極もナツも良く似合ってる。ちょっと似合いすぎなくらいだけどな」 
 ナツが顔を真っ赤にして教室を飛び出して行ったのは言うまでもない。 

 文化祭、一日目終了。 
 みな疲労困憊といった感じでぐったり気味だった。 私もクラスの出し物以外に、実行委員としてあちこち走らされて体力的に疲れた。同じく実行委員である極も、喫茶店以外にあちこち走り回っていた。もちろんあの格好のままで。 
 残る二日間、果たして何人が無事日常生活に生還出来るのか、非常に楽しみ。

 

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